ISSUE05

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#music

2019/7/22

「ペニス比べに興味はない。」
Dos Monos・TAITAN MANの
次の時代を問うスタンス。

ラッパー・TAITAN MAN

昨年アルバム『Dos City』をリリースするやいなや、海外のシーンとも無理なく同期することに成功した注目のヒップホップグループDos Monos。中学時代の同級生同士で結成された彼らはリリックと莊子itが作るトラックで明確に自身のスタンスを打ち出し、既存の音楽業界の文脈に乗ることなく独自の動きをして、米LAのレーベル・Deathbomb Arc(デスボム・アーク)と契約し、リリースに成功している。

どのように彼らが独自のユートピアを築き上げたのか。プランナーをしながら、Dos Monosの地図を描き、リリックを綴り続けるTAITAN MANに話を聞いた。聡明で饒舌な彼が唯一言葉を選びながら話した10代の悔しさをにじませた経験に今の彼の影法師がいた。

世代で括るレッテル張りはクソ食らえ

そもそもDos Monosのメンバーって中高の同級生なんですよね?

はい。自分が音楽をやるきっかけが没くんや荘子itくんと友達だったからという部分が大きいですね。荘子itは中学1年生で隣の席にたまたま座りあった時からの仲で。僕らは音楽以上に学生時代に“悪ふざけ”や“笑いのノリ“を共有できたことが大きいかな。個人的にはそういう感覚が音楽を作る以上に大事だと思っていて。利害関係のない間柄で、互いにスタンスの違いを感じる箇所を批判したり、喧嘩もしょっちゅうするんです。でも前提として根の張った部分でしっかり握手ができている。その感覚を大人になってから出会う人とは醸成しづらいじゃないですか。

確かに楽曲の中でも互いに、ライムをぶつけあってる感覚がありますよね。引用RTというか、文脈を咀嚼して、次のバースに入る部分もあれば、文脈を無視した上で乗っかっている曲もあるし。知性と反知性のせめぎ合いを楽曲の中で感じます。

それでいうと、僕たちは“反知性”ではなくて、“陰キャラと陽キャラの間の子”的な感覚かな。“クラスの中心を強引に陣取るタイプ”も気に食わなかったし、一方で、“オタクに閉じてるだけな奴ら”にも寄りつきたくなかった(笑)。そういう中で、“第3派としてのあり方、佇まい”を僕らの中で醸成した感じです。要するに、ナード的快楽も好きだし、その場の肉体的な快楽で爆発するマッチョなノリも、どちらも好きみたいな。

それはTAITAN MANのご自身の生き方としても、スタンスは知性と反知性を行きつ戻りつしてる感じがありますか?

多分、何かしらのレッテルやラベリングで一面的に評価が下されることを嫌がる性質(タチ)があるというか。僕は広告プランナーとしてのラベルを貼られることも多いけど、自分の人生がそれだけになるのは、絶対に耐えられない。ラッパーもプランナーの活動も僕の中では主従も優劣も特にないし。でもそうしたあり方自体が“ミレニアル世代の働き方だね”とか言われるのも嫌で。僕の心の動きとしては、別にどっちもやりたいだけだし、世代で括られることに違和感があって。

両方ご自身の中で折り合いがついてるのに、他者が安心するために一面的に輪切りにしたがるというか?

はい。他にも僕はお酒もタバコもやらないけど、そう発言すると“ミレニアル世代っぽいね”と言われる。でももう一方で“ラッパーぽくないね”とも言われるんですよ。要は、僕の人格を一つの言葉で輪切りにすることは不可能というか。みんながそうしたいだけであって。

自分のペニスのサイズを自慢しあってるようなノリからは距離を置きたい

もう少しTAITAN MANさん個人についてお話をお伺いしたいです。例えば、広告の仕事でミレニアル世代として、マーケティング的に仕事を発生させること・ラップの中でも文脈を解釈してアプローチする方法論が数多あって。既存の文脈に乗っかることに「拒絶反応」を示したくなることはないですか?

正直「うっ」って嫌悪感を覚えることは多いですね。上手にパッケージングしたら、世間的には飲み込みやすいし、流通しやすい存在になれるんでしょうけど。それはなんか退屈だな、という感覚はありますね。一方で今の僕のマインドとしてはそういうノリに対して「いつも中指を立ててもしょうがない」という気持ちもあって。“中指は出すべき時のため”に鍛えておけばいいだけで。

というと?

本当に“脊髄反射的にパッと出せればいいだけ”で。ことさら見せつける必要もない、みたいな。世の中への怒りの強度や、そこに立ち向かう意志の正しさを表明するのは大事だとは思いつつ、そればかりだと、自分のペニスのサイズを自慢しあってるような気持ち悪さを感じるというか。そういう言葉や態度からは距離を置きたいと思ってるんですよ。これはYogee New Wavesの角館さんの受け売りなんですけど、彼は中指の出し方について「仲間と肩組んで楽しそうにすることが最大の反抗である」という言い方をしてたんです。僕はそこに同意するんですよ。既存のシステムやレールに乗っかってない人間が楽しそうにしている事実を作ることの方がよっぽど…。

ともすれば、ある種ニヒリスティックでもあるようにも感じますけどね。

当然、摩擦を生む瞬間はあっていいし、鍛えた中指は使わなきゃいけないんですけど。常時勃起状態なのは、すげえかっこ悪いというか(笑)。Twitterとかは、最近しんどいなと思うのも、割とそんなんばっかじゃないですか。Dos Monosは僕にとってのユートピアなんで。Dos Monosを使って僕は最大限楽しむけど、そのユートピアは閉ざされた世界じゃないので。人間サーカスとして鑑賞物のように観てくれてもいいし、ある種仲間に入りたいとか、村として観てくれてもいいし、そういう世界を作りたいですね。

「こういう奴もいる」とオルタナティブを提案したい

確かに新しいアルバムに入っていた『マフィン』という楽曲では、“voteするなら新しい方の革命”と言っていて。自分自身のスタンスを示していますよね。既存の文脈を常識として捉えないで、少なくとも自分なりに咀嚼して乗っかるか自分で提示する行為をやってる、みたいなことを勘ぐったんですけど。どうでしょう。

僕はラッパーとしての僕とプランナーとしての僕とか色々いるんですけど。因数分解して残る究極の僕の根幹の部分みたいなところは本当にそこで。『〜とされているもの』に対して常に疑いの眼差しを持っていて。

それは自分達なりに考えた上でのオルタナティブを提案したいということ?

だと思います。分かりやすくいうと、「売れるために地べた這ってでもすっかんぴんで上京して、バイトはしない」みたいな不文律って未だに共有されてるじゃないですか。そういう物語を生きる方達のことは単純にすごいと思うし、まったく否定しないのですが、僕はそんなものをハナから信じられないというか。例えば、アーティスト活動以外にも興味があって、さらにそれをお金に変える環境を作れるんだったら、それもやった上で別の好きなことをやればいいし、アーティスト活動をしたいからといってそれ一本に絞るところからスタートさせる発想は理解ができないというか。

王道にこだわらず、自分がやりたいことを諦めないというか。

幻想をなぞることも、他人や歴史から与えられたラベルを再生産することもしたくない。だから超フラットに自分がやりたいことを考えてそれを常に実行してるって感じですね。

Twitterとかへのアプローチも常に秀逸ですもんね。レーベルやアーティストに直接メッセージ送ったり。

そうですね。アーティストが音楽業界に対して違和感を唱えることはできるけれど、直接業界そのものに作用することは、僕らの力では無理だろうなとは正直思ってます。その中で、僕らが出来ることはなにかを考えたときに、先に事例を作った方が早いと思っています。

お話をお伺いして、面白いと思える未来に加担する、という行為を10代はじめの頃から行ってきたと思うのですが、それができた背景はどこにありますか?

大してドラスティックなエピソードじゃないので、これはあまり話したことないんですけど。僕は14歳くらいまではまあまあ裕福な家で育ってたんです。でも14-19歳くらいまで借金地獄になったんですよね。思春期まるごと、自分の人生のアンコントローラブルな部分で、割と不遇を食って(笑)。強いていうならその時ですかね…。受験に際して、周りは全員予備校や塾とかに通ってる中で、僕の家庭にその余裕はなかったから、独学するしかなくて。でも普段今までバカにしてきた連中に経済的理由で負けたくないと思った時に僕がとった行動が、“Yahoo!知恵袋”を使いまくるっていう(笑)。

具体的には?

Yahoo!知恵袋の知恵コインをめっちゃ貯めて、わからないことを無限に質問しまくったり、英作文の添削をお願いして。その経験は意外とデカかったかもしれないですね。要はアンコントローラブルな状況に追い込まれた時に、オルタナティブを堂々と選択する勇気ができたのかもしれないですね。塾なんか行かなくても、県をまたいだ誰かが俺に勉強を教えてくれるからいいやみたいな。

できる範疇の中で最大をとっていくみたいな。

そうですね。他の人たちとは違う奇妙な方法で、一応行きたい大学に受かったんで。「あ、俺できんじゃん(笑)」って、自信が湧いて。受験なんて人生の中で考えたらかなりしょうもない話だとは思うんですけど、一個与えられたルールとは別で「お前らとは違う方法で山を登るわ」ってやれたらできた。それは意外とデカかったのかもしれない。

そういう体験を踏まえてどういう風な価値観を提示していきたいですか?

ルールやレールから外れて、生き方に迷っているような人たちに「こういうやつもいるよ」ってことは示したいですね。

Dos Monosとしては音楽家としてどういうアプローチをしていきたいですか?

僕の見解では日本の音楽が世界で響いたことは歴史上いまだかつてほぼゼロなんですよ。いわゆるPerfumeや少年ナイフとかYMOとかの例外を除いてなんですけど…。でもそれは、日本に対するオリエンタリズムへの期待の眼差しの上での評価だというのが個人的な印象で。だから、僕らはそうじゃない同じ土俵で評価される、活動できるグループになりたいですね。

インタビュー・テキスト:冨手公嘉 | 撮影:タケシタトモヒロ | 編集:脇慶太朗

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