ISSUE06

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#architecture

2019/8/07

「電車は、図書館になれる。」
畑島楓が考える、建築における越境の必要性。

建築家/ブランディング・畑島楓

いよいよ来年に迫った東京オリンピック。新国立競技場コンペの記憶も新しく、一般的には、かっこいい・奇抜といった意匠的な観点で注目される建築が多い。しかし、実際の建築現場では、必要に応じて建てられる建築物は飽和状態にあり、それらはストックと呼ばれている。そして、現代の多様なライフスタイルに応える設計プロセスが確立していないのも事実である。

建築家・畑島楓は、この長い間アップデートされていない建築の現場に、積極的にマーケティングや消費者分析の分野を持ち込み、クライアントである経営層と共に建築の可能性を模索している。国内外の教育機関で建築を専攻し多様な価値観を受け入れてきた彼女に、現代建築の課題、また彼女が抱く建築の未来について語ってもらった。

アクティビティ起点の思考が、建築をアップデートする。

畑島さんの活躍を拝見していると、様々な肩書きがあるように思います。自身ではどのような肩書きで活動されているのでしょうか。

現在私が所属している会社、NAD(NIKKEN Activity Design Lab)では、主にコンサルティングを担当しています。会社ではコンサルタントという肩書きが与えられていますが、個人では、建築に軸足を置いているので「ブランディング、戦略家」と名乗っています。大学院でも、「Architectural Management」「Design Strategy」などの、建築から広がる戦略をテーマに学んでいました。

畑島楓|KAEDE HATASHIMA
1993年生まれ。福岡県出身。
小学生の頃より建築家を志す。慶應義塾大学大学院(修士課程)にて、空間デザインの戦略やブランディング戦略を学ぶ。その後、国内外の設計事務所を経験し、現在は、NIKKEN Activity Design Labに所属。建築を起点とする、マーケティングやブランディングなどの事業を行う傍ら、ファッションモデルや、LGBT(トランスジェンダー)当事者として講演会を行うなど、活動は多岐にわたる。

建築における戦略というのは具体的にはどういったことでしょうか。

通常の建築では、建物を建てる時に、「何を建てるのか」「いくらで建てるのか」といった機能的な部分から考え始めます。一方、戦略という枠組みを加えて考えた時、そもそもこの建物を建てる妥当性はあるのか、また計画しているビルディングタイプ※は正しいのかという部分にまで踏み込み、どうすればクライアントの経営に貢献できるのかという広い範囲で検証と提案を行うことができます。

※構成や形式がある特徴をもつ施設の分類。建築は図書館や学校などのように用途や、超高層ビルのように規模やサイズなど、さまざまな方法で分類されるが、その分類された建築群の構成や形式が次第に特徴を持つようになり、類型化されたものをビルディング・タイプという。

建築を起点とした「マーケティング」や「ブランディング」を行なっていくということでしょうか。

そうですね。私は従来の建築設計プロセスだけでは、新しい建築物を建てても設計者が十分にマネタイズするのは難しいと考えています。なぜなら、既にビルディングタイプごとにお手本となる建築意匠が出揃っている時代であり、ビルティングタイプも出揃っている時代。過去にはメディアテークのような、新しい時代に応えたビルディングタイプも出現しましたが、ここ何年もの間、美術館や図書館などのビルディングタイプは更新されていない状態が続いています。また、人々の生活様式や価値観が多様化しているのも事実です。そういう時代なので、意匠や設計の違いだけでユーザーを獲得していくのは難しいと感じています。

従来のように、建築計画や意匠だけを提案するだけではなく、そこにマーケティングという過程を踏むことで、コンテンツまで考えられた空間を提案することが重要だと思っています。

具体的にはどのように行うのでしょうか?

私が行なっているのは、人間の行動、つまりはアクティビティを起点として課題を見つけてきて、それを建築やマーケティングを通して解決することです。例えば、従来の設計の進め方であれば、「図書館をつくってほしい」という依頼があれば、「図書館」というビルディングタイプに沿って「図書館」を提案することになります。しかし、「本を読む場」というアクティビティから空間を考えると、本屋での立ち読みも「本を読む場」ですし、電車での読書も「本を読む場」であり、場合によっては図書館で本を読む時よりも、電車のほうが集中できるといったこともあると思います。

図書館と電車というのは全く違う空間なのに、実は電車の方が本を読む空間にふさわしいという現象も起こりうる。このように、アクティビティを起点として空間を考えることで、これまでの建築の設計とは全く異なったアプローチを行うことができます。長い間更新がされていない、ビルディングタイプといった決まりきった枠組みの中では、アクティビティを起点として発想するのは難しく、アクティビティを起点とした考え方は、従来のアプローチに比べて上流から建築に関わることができる手法だと考えています。

私も、ダイバーシティのひとつでしかない。

畑島さんは、様々なメディアで「トランスジェンダー」として、紹介されることが多いと思います。アクティビティベースの設計手法に興味をもたれたのも、ご自身のバックグランドが原点にありますか?

トランスジェンダーという言葉はあまり意識していませんし、肩書きとしてのトランスジェンダーは正直いらないと思っています。「建築をしているトランスジェンダー」という見え方をされることもありますが、あくまでトランスジェンダーという私もダイバーシティの一部であり、そのような取り上げ方は本望ではありません。

私にとってはトランスジェンダーは1つのアイデンティティであり、日常です。みなさんが日常の中で、習慣として歯磨きをすることと変わらないことだと思っています。多くのLGBTがメディアで取り上げられているように、トランスジェンダーだったからこそ今の私が存在するみたいなことはありません。

畑島さんは以前Twitter上で、「LGBT向けの家具をデザインして欲しいという依頼があったが、そういうものがあれば逆に教えて欲しい。」という発信をされていました。仕事の依頼で、そのようなトランスジェンダーの当事者としてのアイディアを求められることは多いのでしょうか。

そうですね。ブランディング事業を行なっていると化粧品や服飾などのメーカーさんからそういった依頼を頂くこともあります。実際にLGBTをテーマにしたような商品が世の中にあるのも事実です。

それ自体についてはいいことだと思いますが、私自身、そのような依頼がLGBTには接続しないように感じます。先ほども言った通り、トランスジェンダーを含むLGBTは1つの個性であって、私自身も数あるダイバーシティの1つでしかないと考えています。

Twitterで発信した件については、トランスジェンダーの家具のマーケットを私が知らなかったというのもありますが、家具メーカーさんには、商品開発は難しい旨をお伝えしました。一方で発信したツイートに対しては、LGBTの方々をはじめ、多くの方から反響をいただき、例えばレズビアンの方からは「2人で同時に使える化粧台が欲しい」というコメントが寄せられました。頂いたコメントを見ていると、私自身も洋服屋さんで試着をした際に、身長が合わず鏡が使いづらいという経験をしたことを思い出しました。

この経験は私がトランスジェンダーだからということだけではないと思っていて、セクシャリティに関わらず、世の中には様々な身長・体格の女性がいるわけです。頂いたコメントや私のこれまでの体験を振り返ってみると、LGBTというセクシャリティの話に関わらず、個人それぞれがダイバーシティを持つ時代。だからこそ、そこから生まれてくる欲求やニーズがあるのだと改めて実感しました。

マーケティングの領域が空間まで降りてきている。

多様化していく社会の中で、ユーザーのコンテクストを汲み取り、新たな需要の創出を思考する必要があると。

まさに顕在化していないニーズや声にならない声を拾い上げていくために、ユーザーのアクティビティを予測していくことが、私の仕事だと思っています。また、アクティビティデザインをベースとした「マーケティング」や「ブランディング」の領域は、結局は様々な場の設計にまで繋がっていると思います。

NADに入る前、設計事務所に所属しながら携わったプロジェクトがあります。歯医者さんをリノベーションして売上をあげたい、といった依頼がクライアントからありました。そこで感じたのは、建物を建て替えただけで本当に売上はあがるのかという疑問でした。その歯医者さんの通院履歴や周囲の競合店舗を調べてみると、明らかに20~30代の女性をとりこぼしていて、通院者の高齢化も進んでいました。クライアントにそれを報告すると、20~30代をターゲットに含めた建築にしましょうと言われましたが、改めて、建物を建てるだけのアプローチでは限界があり、クライアントの抱えている課題を解決するとは思えませんでした。

実際にクライアントに対しては建物をリノベーションするだけではなく、パンフレットを作成したり、web開発をしたりなど、マーケティングから見えてきた課題を様々な角度から解決していきました。結局、建て替えるための予算の過半数をその歯医者のブランディングに使うことになり、効果的な施策を行うことができました。このように、総合的に考え、目に見えない課題を解決していくことが重要だと強く感じています。

ブランディングというと、広告代理店も行なっている領域でもあると思います。彼らとの差別化といった部分に関しては、いかがでしょうか。

広告代理店の行うブランディングは、商品を売り出すためのキャッチコピーやグラフィックといった部分に有効なアプローチを行うことができますが、私は空間体験や場を通した顧客体験という広い観点からアプローチを行うことができます。「場」というコンテンツをブランディングの対象に入れることができる。そこが私やNADの強みだと思います。

やはり、設計という部分だけで一点突破するのはなかなか難しいと思います。もちろん空間がもつ力というのは強いので、「代官山 蔦屋書店」のような、優れた設計で集客に成功している例もあります。さらに、今後の建築を考えていくなかでは、設計に加えて、グラフィック、写真、ムービーやITソリューションなどの様々なジャンルが一体となり、アクティビティに沿った世界観が確立された空間をデザインした方がユーザーに喜ばれると思います。

アンダーグラウンドな店で高級ホテルのような接客をしても、ちぐはぐな印象しか生まれません。極端な例ですが、このちぐはぐは店内の音楽、接客など空間のどこにでも起こりうるものです。その中の1つのジャンルが建築であり、都市の中で建築がちぐはぐを起こしてしまっているというのは往々にしてあります。

建築は変化するのが遅く、やり直しがきかないので、他のジャンルに比べて難しい部分はありますが、その部分まで網羅してブランディングを行い、世界観を打ち出すことできるというのは大きな価値だと感じています。

デザインの対象もボーダーレスにしていきたい。

建築だけでなく、ファッションモデルなど様々な表現をされていますが、自分自身を表現するということについてはどのように考えていますか。

建築だけに関わらず、表現しつづけないと自分が生きている感じがしません。

当たり前ですが、人は社会性の中に生きていると思っていて、ある会議で発言をしないことは、その会議に出席していないのと同じです。世の中という大きな枠組みでも、同じことは言えると思っていて、私がこの世に存在しているということを証明するためには、何かを表現をして、発信をしていかなければならないと思っています。だから私はこれまでも建築やモデルなどを通して自分を表現をしてきたし、これからも表現をしていきたいと思っています。上手い下手とかではなく、自分の考えや頭の中を表現することは非常に重要なことだと感じています。

畑島さんが建築の戦略家として、見据えている先はどのような未来でしょうか。

私の強みは空間を含めた全体をブランディングできることです。オランダの画家であるゴッホは絵が描けますが、家を建てることはできません。私は自分の建てた家に、自分の描いた絵を飾ることができる。自分の建てた家に、絵が飾ってあるという空間を作ることができ、世界観を演出することができる。ゴッホにはそれができない。このようにマーケティングやブランディングを通して、主体的に空間を演出していくことに関しては、更にブラッシュアップしていきたいと思っています。

またボーダーレスというのも1つのテーマにしています。デザインの対象をもっとボーダーレスにしていきたい。例えばカフェを作る時には、建物だけではなく、メニューも作るし、食材も選ぶ。お客様への見せ方も考え、こだわることができる。建築だけに囚われることなく、クライアントに対して網羅的にコミットができる戦略家として活動をしていきたいと思っています。

逆に、ボーダーレスというテーマを掲げている一方で、世の中にはボーダーが必要な場面もあると思っています。活動する時には自分のベース、軸足みたいなものが必要で、そこにボーダーがあることで自分はどこまでができていて、どこまでができていないかを把握することができます。また、周囲との関わりの中での共通言語を持つこともできます。ボーダーレスに社会を捉える上でベースにしやすいのは、資本主義という社会システムだと思っています。人間は様々なモチベーションで動きますが、「お金」の果たす役割は大きく、人を強く動かすことができます。お金を使ってもらえるから店は成り立つし、お金があるから建築は存在することができます。だから、資本主義の基盤に根差すためにマーケティングの手法を積極的に取り入れたいと思っています。

そのうえで、私自身もボーダーレスをテーマに領域横断的な建築やマーケティングに取り組んでいきたいと考えています。

インタビュー:大久保勝仁 | テキスト:梅野周 | 撮影:タケシタトモヒロ | 編集:脇慶太朗

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